<   2013年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

「薬の話。キニーネ。」

大阪校の中島です。先日のブログデビューが「マンガ肉」ということで、大変失礼しました。今回はあらためて、お薬の話を。

その昔、私は西アフリカ、ガーナ共和国におりました。某ロッテのチョコレート?そう!それです。1993年から1995年にかけて、その後、2004年、2006年と渡航しております。ガーナはなんといいますか、私の祖国です。ですので「行ってきました」と表現するより「帰ってました」と表現するのが私の心情にぴったりきます。

c0144883_12543435.jpg

写真1・ガーナ初渡航時1993年



さて、こんな話をすると日本の方々は、アフリカって危険じゃないの、と反応されるのですが、いやいや決して、そんなことはなく、穏やかな人々が暮らすとても美しい国です。とはいえ、発展途上国ですので、電気がない、水道がない、というのは日常のこと、熱帯ですので、いろんな病気にかかります。

私はマラリアという病気に何回かやられました。日本にも昔はあった病気です。日本ではマラリアの原因となるコンマ状菌、これはある種の蚊が媒介するのですが、この撲滅に成功しました。しかし、まだまだ撲滅できていない国々があります。

で、このマラリア、症状がなかなかのものでして、急な悪寒にはじまり、体温が一気に38℃を超えてきます。下痢、嘔吐の症状が一度におとずれ、その間にも体温は上昇し続けます。下痢と嘔吐の状態は感染者によって異なるようですが、私の場合は両方がいっぺんに。

洗面器をかかえながら、洋式便座に駆け込み、そのまま苦しい数十分をすごします。(おかげさまでガーナはイギリスに支配されていたので、トイレは洋式です。植民地支配には嫌悪を覚えますが、洗面器をかかえて和式トイレにしゃがみこむのはさずがにもたないので、イギリスに感謝したりして)

c0144883_1258525.jpg

写真2・ガーナの便器・便座が黒いので当時はびっくりした記憶あり。


しかし、さすがに数十分もたつと「モノが出尽くす」ので、すさまじい嘔吐感とお腹がねじれきれるような腹痛を感じながら、ベッドに戻ります。マラリアにかかると、高熱の発熱のあと、一旦平熱にもどり、数日後に発熱というサイクルを繰り返します。これはマラリアのタイプによって異なり、ですので、体温を一時間おきにはかることで、どのタイプのマラリア原虫に感染したかが分かります。

39℃をすぎるころから、すこしずつ体温上昇のペースは遅くなり、40℃、40.5℃、41℃、41.2℃とピークを迎えます。人間の体温を42℃まで上げると、脳のタンパク質が変性(つまり、ゆでたまご化)し、死を迎えます。

で、41.2℃はどんな状態か。痛みや悪寒を感じなくなり、頭が非常にクリアになります。実際には体を動かすことも難しいのですが、なんでもこなせる自信が芽生えます。

野球でいうとアメリカのワールドシリーズでMVPとなり、国民栄誉賞をもらった松井選手のようなバッティング、サッカーでいうとイタリアのブフォンのような完璧な守備、テニスでいうと(これからだと期待していますが)錦織が頂点に上り詰めた状態、相撲でいうと…。

とにかく、神のようになります。実際には体を動かすことも苦しいので、神というよりホトケさまに近いのでしょうが。

c0144883_1321872.jpg

写真3・1993当時のガーナの家、私の寝室



そして、病院に担ぎ込まれます。


海外での通院、入院の話は、またあらためてするとして、お話を続けます。実はガーナでのマラリア発症はまだお薬がある分、楽なのです。日本でマラリアが発症したらどうなるか。

2004年11月の終わりでした。私はガーナでの調査を終え、日本に帰国。報告書をまとめるために一週間ほど缶詰めになっていたときでした。急な発熱、悪寒。

来た。来てしまった、と思いました。マラリアの発症がついに。

そのころは奈良県にすんでいましたが、できるだけ大きな病院を電話帳でしらべました。夜中の発症でしたので、救急外来も考えましたが、その病院は官営、なのでパス。神になりかけていた私には、診察室のやりとりが予想できるのです。

そこで、比較的大手の病院、朝一番、受付に飛び込み、じっと待つ。その間に熱が下がってきました。三日熱マラリアの発熱パターンです。

診察室。

(医師)どうしました。
(私)発熱、ピーク時に41℃ほどありました。
(医師)今はどうですか。
(私)おかげさまで安定しています。
(医師)では、抗生剤を処方しておきましょう。
(私)抗生剤はおそらく効かないでしょう。(発熱チャートをみせ)実は私、ガーナから帰国しまして。
(医師)ガーナですか。
(私)おそらく、マラリアに感染しています。
(医師)マラリアですか。
(私)今は熱が下がっています。
(医師)さがっていますか。
(私)おそらく、明後日にふたたび発熱すると思います。
(医師)では、抗生剤を出しておきましょう。
(私)いえ、抗生剤は効かないと思います。
(医師)そんなことはないでしょう。
(私)先生、私の体力では次回の発熱がヤマです。
(医師)ですので、まずは休養を取って。抗生剤と点滴をしておきましょう。
(私)ありがとうございます。休養はとるべきですが、抗生剤は効きません。
(医師)といいますと。
(私)マラリアだからです。
(医師)はあ。
(私)おそらくあさって、ふたたび発熱します。そのときは先生に直接お電話してもよいですか。
(医師)ではそういうことで。抗生剤はきちんと服用してくださいね。
(私)次回の発熱時はよろしくお願いします。

帰宅。

(奥さま)どうだったあそこの病院
(私)対応がましだったよ。やっぱり民間やなぁ。
(奥さま)そう。じゃ、治療開始?
(私)いや、それが。結局分かってもらえなくて。あさって熱が出たら、お願いと言っておいたので、今日は寝ます。あさって悪いけど、車出してくれない。

二日後。電話。

(私)やはり発熱しました。いまのところ39℃なので、今から伺います。
(医師)分かりました。お待ちしています。

診察室。

(私)すみません。どこかマラリアの治療ができる病院を紹介してください。
(医師)あなた、大丈夫ですか。
(私)いや、実はかなりきついのです。
(医師)いったんこちらで休んでください。

20分後。

(医師)中島さーん。
(私)はい。
(医師)手間取ってすみません。奈良県内ではどこも対応できないということで…。
(私)奈良医大もだめですか。
(医師)はい。だめです。
(私)ではどうすれば。
(医師)はい。すでに手配しています。大阪に行ってください。
(私)分かりました。では、妻が車でまっておりますので。
(医師)いえ。まもなく、救急車が到着します。
(私)あの、妻が車で待っておりまして。
(医師)一刻を争います。はい、来ました。すぐ乗ってください。

結局、私はわざわざ外の車で待機してくれている奥さまと話す間もなく、救急車で大阪市立総合医療センターに直送されました。寝台に乗って阪神高速のランプウェイはスリルがありました。到着後すぐ「はい、中島さん、血をもらいますよ」といわれ、10分で結果が出ました。「やはりマラリアですね。」これにはおどろきました。ガーナより診断がはやい。「即入院ですね。」「はい。よろしくお願いします。」

c0144883_1362278.jpg

写真4・マラリア治療薬…これが日本にあれば楽だった。薬剤名はメフロキン、キニーネより副作用が少なく、当時は耐性マラリアはまだ出現していなかった。



(医師)ではこれにサインしてください。
(私)はい。あれ?二枚もあるのですね。こちらは何ですか。
(医師)いやぁ。実はマラリアのお薬は日本では認可されていないのですよ。
(私)そうなんですか。
(医師)でね。これ、治療薬、去年インドネシアに行ったとき、個人的に買っておいたのです。
(私)そうなんですか。すみません。そんな貴重なものを。
(医師)いえ、費用は心配しないでください。でも、未認可薬剤を投与することはできませんので、「実験」という形にします。それでサインが必要です。
(私)なるほど。ぜひとも、よろしくお願いします。奈良ではどうなることかと。
(医師)ただ、すみませんね。キニーネなんですよ。まあ、効くとは思うのですが。

私の心中は「がーん」。キニーネ。もっとも初期のマラリア治療薬です。キナの木の樹液を煮詰めたもの。もともとはマラリア流行地の人がつかっていた民間薬です。

(私)クロロキンとかファンシダールはお持ちではないのですか。
(医師)あいにく、これしか手元になくて。若干副作用がきついと思いますが。

「がーん」。キニーネはアフリカでもほとんど処方されません。それは副作用が「若干」ではなく「相当きつい」からです。また、キニーネ耐性のマラリア原虫も多くなってきています。しかし、そんなことも言ってはおれず、先生には感謝するのみです。

(私)いやぁ。それでも助かります。よろしくお願いします。

その後の14日間はきつかったです。正確には最初の5日間がとくに。頭痛がひどく、水を飲んでもはいてしまいます。しかし、キニーネは絶大な効果をあらわしました。じょじょに頭痛はおさまり、食べ物も喉を通るようになってきました。運動は絶対だめだといわれていました(マラリアにかかると赤血球が破壊されるので重度の貧血になります)が、個人的にリハビリを開始、ナースセンターの横をすり抜けて、非常階段に。一日3回、階段15階分を上り下りします。(えっと、入院病棟は上の階にありますので、正確には下り上り)

そのとき、ナースセンター横でついつい聞いてしまいました。

「中島さん、ご飯をたべなさいと言ったら怒るんですよ。」
「○○さんもね。ちょっと口調が乱暴で」
「病気がそうさせるんだから、そう思って応対してあげて。」と上司の看護師さん。

本当にごめんなさい。頭痛がひどく、水も喉を通らず、吐き気がおさまらないとき、確かに私は「食べられへんって言うてるやん、しつこいな」と暴言を吐いていました。本当にごめんなさい。反省しております。でも、病気のせいだと思ってくださって、本当にありがとうございます。ありがとう。


抗マラリア薬は徐々に進歩しています。しかし、マラリア原虫も進化しています。薬物耐性を得て、薬に負けないマラリアに進化します。そして、それに対抗して新しい薬が開発されています。

ただ、残念ながら、マラリアが蔓延する国々は貧乏な国々です。高い薬が買えない人々が多いため、製薬会社はマラリア治療薬の開発をビジネスとしては敬遠してきました。これは仕方のないことです。でも、このブログを読んでくださっている皆さま。こんな話もありますよ、と知っていただければ幸いです。また、次回、お付き合いください。

2013/05/28写真追加

2013/05/27投   稿

[PR]
by medisere | 2013-05-27 16:28 | 大阪校

第10回次世代の薬剤師を創る会 part2

こんにちは!病態・薬物治療担当の藤満です。

さて5月19日(日)に行われた次世代の薬剤師を創る会について、
北川講師に続き今回藤満がレポートします。

c0144883_13152988.jpg



今回は、やぎクリニック院長、矢木泰弘先生によるご講演「緩和ケアについて」です。
緩和ケアと言えば、WHOの三段階ラダーによる除痛がよく知られていますが、今回の内容は少し違います。矢木先生は呼吸器内科医として病院に勤務されていましたが、その際、多くの患者さんを見送ってこられ、もともと緩和ケアは専門外だったそうですが、病院の緩和ケアチーム立ち上げに尽力されました。そのご経験を踏まえての講演です。
WHOでは緩和ケアを
「緩和ケアは、生命を脅かす疾患による問題に直面する患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的、心理的、社会的な問題、さらにスピリチュアル(宗教的、哲学的なこころや精神、霊魂、魂)な問題を早期に発見し、的確な評価と処置を行うことによって、 苦痛を予防したり和らげたりすることで、QOL(人生の質、生活の質)を改善する行為である」と定義しています。
 緩和ケアというとつい、患者さん本人の為の医療をイメージしてしまいますが、患者さんの家族もケアの対象となります。ここ数年、保険薬局が在宅医療に積極的に介入するようになりました。メディセレ薬局でも在宅医療に参画する準備を始めています。
1ヶ月のうち数日は、僕もメディセレ薬局で保険薬剤師として勤務します。麻薬処方せんも扱いますので緩和ケアにはとても興味があります。僕も含め、これまで、在宅や緩和ケアに深く介入したことのない薬剤師にとって最初にぶつかる問題は、「何をすればいいか」、「何ができるか」ということです。矢木先生は、「残された人生を充実した気持ちで過ごしていただく事=QOL(生活の質)の向上」を何度も訴えておられました。
 おそらく、僕にもできる活動は患者さんのQOLを上げるお手伝いをする事でしょう。八木先生の緩和ケアは非常に簡単明快で、まず、患者さんやそのご家族のお話を「聴く」というものでした。QOLを向上させるために、まずお話を聴く。
矢木先生によると、「聴く」中で信頼関係やラポールが構築される。そして、初めて正確な治療効果を知ることができ、治療効果の妨げになっている要因があればそれを明らかにできるとのことでした。「聴く」というのは意外に難しく、存外他人の話というのは聴けてないことが多いです。(メディセレ心理カウンセラー養成講座の「傾聴技法」は今後の僕の人生にとても役立ちそうです。次回の勉強会レポートは医療心理学協会 筆頭心理カウンセラーである種田 梨夏子先生による「ストレス軽減で快適生活をGet!!」です。お楽しみに。)
 治療薬の提案、フィジカルアセスメント…在宅で行われる薬剤師の活動はいろいろありますが、これらは今年デビューしたばかりの1年生薬剤師にとっては正直、難しいものが多いです。ですが、真心をもって患者さんやそのご家族のお話を聴くことなら、僕や僕の同期達にもできるような感じがしました。(僕は講師が本業ですから、十分な活動はできないかもしれませんが、)まずは身近な活動から、保険薬剤師という仕事を始めたいと思います。

矢木先生、本当にありがとうございました 


c0144883_13153343.jpg

[PR]
by medisere | 2013-05-26 13:58

第10回次世代の薬剤師を創る会 part1

こんにちは。
メディセレスクール、病態・薬物治療担当の北川です。
先日、5月19日(日)メディセレスクール大阪校で「次世代の薬剤師を創る会」が行われました。
多くの薬剤師の先生が集まって下さり、大盛況の勉強会となりました。
c0144883_14161164.jpg


プログラムの最初は薬剤師の先生方による一般口頭発表です。
ここでは先生方が現場で学んだ経験を、みなさんで共有することで知識を深めていきます。私も現在、メディセレ薬局で薬剤師として日々患者様と接しています。発表して下さる内容はとても勉強になり、今後の薬剤師としての仕事に活かせそうな話ばかりでした。
ではさっそくその内容を報告していきますね。

最初の演者はメディセレスクール小倉佑介先生です。
c0144883_14185741.jpg

発表して下さる内容は
「食品表示と特定保健用食品
          ~糖尿病患者へのアプローチ~」
です。
実際、現場でも食品に関する質問はよくあります。

「先生~。テレビで◯◯◯って食べ物が血糖下がるって聞いたんやけど、食べたほうがええんかいな。」
「カロリーオフってカロリーないってことなんかいな。」
※関西弁。メディセレ薬局は都島区にありますゆえ。

確かに、健康食品、特定保健用食品が出回っている現在、何がどういった特徴を持つのかというのはあいまいな部分があります。知ってそうで知らなかった情報を学ぶことができました。

カロリーゼロとはいっても食品100gあたり、糖質0.5g未満、飲料100mLあたり、5kcal未満であれば、ゼロと表示できるのだそうです。
カロリーゼロの表示にはご注意を!!

詳しくはしゃっちょうのブログ


続いて、社会医療法人 同仁会 耳原総合病院 薬剤科中田香里先生による
「ヘパリンカルシウム導入時に行ったこと」です。
c0144883_14301582.jpg

ヘパリンカルシウムは平成24年1月より自宅で自己注射できるヘパリン製剤だそうです。自己注射が可能になったことにより患者様のQOLが上がるということで注目されています。そんな旬な製剤の情報も勉強することができました。


最後に、ぽぷら薬局花田喜允先生による
「GE医薬品の最近の動向と今後について」です。
c0144883_14513541.jpg

メディセレ薬局でも積極的に後発医薬品を使用しています。そういった意味でも国の後発医薬品に関する指針を学べる絶好の機会でした。

皆さん知ってましたか?
日本では後発医薬品数量シェアを平成30年3月末までに60%以上にするみたいですよ!!
(ちなみに平成24年9月の段階ではまだ23%程度です・・。)


・・・そうなんです。
「次世代の薬剤師を創る会」ではこのように色々な方面で活躍してらっしゃる先生の経験をライブで聴ける機会なんです。こんな機会そうそうありません。



先生方。貴重なお話ありがとうございました!!
座長をつとめて下さった村田 卓先生、政田 啓子先生もありがとうございました!!!
しゃっちょうと共に記念に一枚!!
ぱしゃり。
c0144883_15374625.jpg


それも!!
これだけでは終わらないんです。

この後はやぎクリニック院長矢木泰弘先生による「緩和ケアについて」
そして医療心理学協会 心理カウンセラー種田梨夏子先生による
「ストレス軽減で快適生活をGet!!」と興味深い演題が続きます。

この内容に関しては次回のブログを楽しみにしていて下さい!!
[PR]
by medisere | 2013-05-23 15:57 | 教育

マンガ肉

4月22日、大阪校に配属となりました中島です。

遅ればせながら、みなさま、よろしくおねがいします。そろそろ配属一か月。ブログデビューの旬だと思い投稿します。

今回のテーマはマンガ肉。

「マンガ肉」、こんな言葉があるんですね。(ウィキペディア

で、下の写真がマンガ肉。

c0144883_1045938.jpg


いまから三年ほど前の写真です。当時私は島根県におりました。この「マンガ肉」、実はイノシシです。近所の人からのおすそわけ。この人、普段は農家。私の師匠です。猟の腕前はどっこいどっこい。その彼が「ワナにかかったよ」というわけで、軽トラからタライをおろし…。どさっと玄関に。

こんなに大きな肉塊、冷蔵庫にも入らない、困った奥さま(えっと私の、です)が電話をかけてきました。

むむ、

会社から時間休をもらい、午後三時に帰宅。

むむ、これは。

イノシシの下肢、いわゆるモモ肉です。

よし、焼こう!

写真に写るのは当時小三の三女。顔はかくしています。娘のあだ名が「マンガ肉」になったら、親として悲しいので。すみません。

焼くって、どこで焼くの?

と奥さま。

むむ、たしかにガス台には乗らない。いや、しかし。

私、以前アフリカにいたことがありました。現地のの一般家庭は毎日毎日野外で調理。おもえば毎日がキャンプですかねぇ。

冬ならば、塩蔵、乾燥して生ハムに挑戦したいのですが、この時期は初夏、ボツリヌスががんばる季節です。

よし、焼こう!

焼こう!焼こう!と娘と声を合わせ、おもてで焚火。うちの娘はこういった意味では鍛えております。のりがいい。

で、こんな感じ。

c0144883_10455012.jpg


いやあ島根県ではこんなことができるんです。大阪では考えられません。あのときは、ちょうどご近所さんで困っていた笹を刈ってあげたところでしたので、燃料は笹。

タケのたぐいは何と言いますか、中が空洞なので、ぽんぽんとはじけます。いや、実際はパーン、ペシッ、バン!バシッ!という感じです。気分が高潮してきます。「おもろいなあ。」と娘。私も我慢しきれなくなり、「ごめん、ビール!」と奥さまに。実は発泡酒なんですが。

c0144883_1047846.jpg


で。

さすがに二時間もたつと娘は飽きてきます。「お父さん、まだぁ?」「もう一時間はかかるなぁ。肉、でかいから」「え。」

娘の後悔をチラ見。「(奥さまに)お母さーん。風呂沸かして。(娘に)風呂入っておいで。」

で、父はもくもくと焼き続け…。ついに焼きあがり。

これが冒頭の写真です。娘も煙で燻製状態で、風呂にゆっくりつかったあとなので、パジャマ姿です。

切ってみると、

c0144883_1048172.jpg


うーん。完璧。ウェルダンのちょっと手前。

上の子ども二人も帰ってきましたので、家族五人で夕食。

意外とおいしいねぇ。と家族。たぶん、笹で焼いたので、くさみがおさえられているんだろうねぇ。と日焼けした私。


満腹。しかし、さすがに食べきれない。

このあと、一週間ほどかけて、食べきりました。

以下、メニュー一覧。

ホイコウロウ、燻製、チャーシューめし、カレー、トマト煮込み、豚骨ラーメン。


ところが実は食べきっておりません。

あちらこちらにおすそわけ、といいますか、ご近所に無理やり置いていくわけです。炙ってみたので、ちょっと味見を、などと言いつつ。そのご近所さんも、すでにイノシシの配給が来ていたわけですのでお困りだったとは思いますが、うちも食べきれないのでここは勝負に。

(私)こんちは。この前のイノシシ、ちょっと燻してみたのでもってきました。
(ご近所)また来たな(おそらくご近所さんの脳内シンチ)。
(私)ま、ちょっと変ってますので、酒のつまみにでも。
(ご近所)へぇ。(つまむ)なるほど、うまいねぇ。
(私)じゃ、さよなら。
(ご近所)えっ、飲んでかないの。
(私)まだ在庫があるので、○○さんにもおすそわけ、と思って。
(ご近所)やられた(脳シンチ)
(私)じゃ、また。

半分ほどはこんな処理。イノシシ、5、6キロありましたので。さすがに量が多すぎて。

でも、最後の豚骨ラーメンは良かったです。骨をたたき割り、鳥ガラを加え(うーんこの時点で厳密には豚骨ではないのですが)煮込んだスープはあっさりしながら、うま味あり。さすがにイノシシ攻めにあって、辟易感のあった子どもたちも最後のラーメンはおかわりしました。

おつきあいいただきありがとうございました。次回は東京の話でもアップしようと思います。
[PR]
by Medisere | 2013-05-20 10:51 | 大阪校